むつ市議会第235回定例会(平成30年2月21日開会)

はじめに

画像:むつ市長

 市民の皆様に支えられた任期、全ての成果はここに帰するものであり、まずもって心から感謝を申し上げます。そして、むつ市議会では、一般質問や議案審議を通じて市の課題への認識を深め、市政を前進させることができたこと、議員の皆様の御協力に、感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 4年前の5月19日、ニューヨークの自宅で父の死の一報を受け、急ぎ、当面の荷物を詰めながら、帰国の準備をするように家族に言い付け、航空チケットもないままJFK国際空港に駆け込みました。
 まるで準備されていたかのように、たった1席だけ空席だった成田便の機中では、頭が真っ白になるどころか、既に選挙に向けた公約と市の将来構想をおぼろげながら描き始めていました。
 今にして思えば、道半ばで斃れたその魂が乗り移ったかのような思いがしますし、亡骸と対面して最初に感じたことは、悲しさよりも、父が「命をかけて何を守ろうとしたのか」そして「命をかけてどのようなまちにしたかったのか」そのことへの強い探求心でした。
 書斎の机には本人が撮影したであろう多くの人たちの笑顔がかがやく写真、届けられることのなかった写真があり、小学生からも市のホームページを通じて悼む声が寄せられていると知らされました。命をかけたものへの“かけら”を感じた瞬間ではありましたが、なおその死によって全てが無に帰すことへの悔しさも私にはありました。
 高校で青森、大学で仙台、就職で東京、そして海外赴任とその都度、目標を持って、夢を追い続けてきた自分自身の人生も、仕事も生活も全て捨てて、もう一度、故郷むつからのスタートについて覚悟を決められたのは、その命をかけて守ろうとしたものの重みもあったと思います。
 ただ、路線の継承を旗印に選挙戦を戦い当選してからは、そうした思いよりもむしろ、市民の皆様に支えられ、そして共に歩むこの仕事のすばらしさを日々、実感しました。21,844というむつ市長選挙での史上最多の得票数はプレッシャーになることなく大きな追い風となって市政運営を後押ししてくれました。
 35歳という最年少の市長として、市民の皆様からは期待以上に不安があるのだと、会う人たちの言葉の端々から感じた当初でありましたが、そのことがかえって父の背中を追いかけることではなく、市の課題として目の前にある壁を乗り越えることの重要性を教えてくれたような気がします。
 霞ヶ関では感じることのできなかった生活の空気、人々の呼吸、静かに流れる時間の中で、それまでの経験を生かし、行動し、発信をし続けた結果として、いつも市政の中心にいるという信頼を市民の皆様から獲得したと思っています。

変化を生み出す

 ジオパークの認定は、むつ市が日本の中で優れた地域であることが認められた歴史的瞬間でしたが、政策が地域を変えていくダイナミズムを感じ、その感動を多くの市民の皆様と共有できたことは今となっては私の誇りです。皆様と分かち合うことのできた時間こそが私の人生を豊かにしてくれました。
 朝、目を覚まし、昨日よりもよいむつ市になっているか。そう問いかける日々が続いた4年間。実績を振り返ることよりも次に何を仕掛けていくか、そのことによってどうやって地域に変革をもたらしていくか試行錯誤を続けた日々でもありました。
 土日もなく、昼夜も分かたない環境の中で仕事をしてきた私にとっては市役所での仕事は馴染みのないことも多く、最初は厳しく感じた職員も多かったと思いますが、それ以上に県や国に対しては厳しい発言を繰り返してきました。
 同調圧力に屈することなく青森県や日本の閉塞感を少しでも打破していきたいという政治家としての思いがそこにはありました。今は、様々な分野で部局横断的にあるいは専門的にも一体感をもって市政を前進させる市役所になっていると考えています。
 平成27年の施政方針演説では「生き残るのは、最も強いものではなく、最も賢いものでもなく、変化に対応できるものだけである」とするチャールズ・ダーウィンの思想を引用しました。
 当初、他地域からの遅れを痛感した市政も、例えば、ふるさと納税の寄附額の増加や各種交付金・補助金の獲得などを通じて、変化に対応できる、競争環境でも勝ち残れるように変革することができ、エネルギー政策の分野では国をも動かしました。
 むつ市も変化に対応するだけでなく変化を生み出すことができる自治体へと変容を遂げている途上にあると認識されつつあるのではないでしょうか。
 「世界のむつ市を目指す」という目標も地方創生の取組を通じて食の分野や観光の分野で地域の新しい発見を発信し、稼ぐことを中心に据えることで着実に前に進め、ここにしかない価値をブランド化する発想の下にシティプロモーションを加速化させてきました。
 これら全ての政策の先に市民の皆様の笑顔をイメージしながら、いったい誰がこの政策で幸せになるのだろうか、常に問いながら試行錯誤を繰り返す中で、私が思い出した言葉は、「むつの人たちはみんな家族だと思いなさい」と父から国家公務員になるに当たって言われた言葉でありました。
 命をかけて守ろうとした答えは簡単なものだったと自然に理解しました。
 今は、むつ市の人たちの、どなたを見ても家族のように感じます。祖父母の世代の人たちにはこれまでの労をねぎらい、父や母の世代の人たちには指導を仰ぎながら見守っていただき、同世代の人たちには同級生・若手としてともに地域を担い、少し若い人たちには弟や妹としてよく学びよく働けと激励をし、子どもたちには自分の子どもと同様に地域の未来を感じるようになりました。

結びに

 この全ての世代に対する責任を果たすべく、家族の一員としてその中心となって市政を前進させるべく、全世代応援市役所への成長を果たすため平成30年度の組織の大改編案を提案し、全世代市民応援予算として平成30年度予算案を編成いたしました。
 背中を追いかけて壁を越えても、夢を実現しても、さらにその先はどこまでも続いています。それがこの市長という仕事の本質です。そして、いつまでも道半ばであり、終わりのない道なき道を歩むのがこの仕事の性格です。
 私は、4年間の実績を踏まえた市民の皆様からの期待に対する責任を果たすため、また笑顔を向けてくれた市民の皆様の笑顔に対する責任を果たすため、再びこの職を担うことを決意しました。
 市民の皆様の笑顔だけが心の支えです、その笑顔だけがむつ市の未来です。笑顔がかがやいている瞬間こそがむつ市がかがやいている瞬間です。
 半島地域で地理的条件は圧倒的に不利です。インフラも医療も教育も産業も遅れていることは否めない事実です。閉塞感もあって将来にわたって不安を有している方も多いと思います。でもそれでも、希望のあかりを政策によって見いだしていくのが、私の、私たちの仕事です。
 「笑顔かがやく希望のまち」そのあくなき挑戦をこれからも続けていくことを高らかに宣言し、市民の皆様、議員各位のなお一層の御協力をお願い申し上げ、平成30年度に当たっての施政方針とさせていただきます。